ピアニスト・タカの脱線CD評

筆者はFLAT1-22・天然キーボード奏者の脱線転覆の珍説が脈絡なく展開!

ディシプリン、これが "宮殿" と同じバンドなの?

つまりは違うバンドになったと。変化幅数キロにおよぶか?

やれやれ御大と言われるわけです。本作がリリースされた時点では、拒否反応を示した音楽ファンも多かったと聞きます。そのリセット具合、その断層の深さが半端ではない。メンバーのキャラによるところも大きいでしょう。旧クリムゾンと共通するのはロバートフィリップビル・ブラッフォーッドの二人というところだけかも知れない。このアルバムはクリムゾン歴史の折返し、分岐点、こういう場所に置かれるモノであろうと思う。使用前/使用後という言い方でも良いかも知れない。
一体、どういう体操をしたのか、、もしくはどれだけ変なサプリメントを注入したのであろうか。

大リーグ養成ギブス(巨人の星参照)的な飛び道具を使ったというのなら、それはエイドリアン・ブリューの"像の鳴き声"がそれに相当するに違いない、、、?
メンバー加入によるところも勿論大きい。
上記のエイドリアン・ブリューに注目が集まるが、どうしてベースのトニー・レヴィンもまたこのサウンドに対する貢献度は高い。
トニー・レヴィンはジャズ・フュージョンの人という印象があったので、最初は少し意外な感じもしないではなかったが、いやはやどうして、、そのサウンド、描くラインは流石にロックだけしか弾けまへん!!というのとは一線を画している。
彼を加入させたロバート・フィリップの、あまりに大きなファインプレイだったと言えるでしょう。
ギタリストもベーシストもモードを使えるかどうかで、大きな差異が出ると僕は思う。
例えば、ベーシストは「ペンタトニック」でチョッパーという、言うなれば「客は喜んでいるフリをしている安っぽいサーカス」といった音楽を封印することから進化が始まるのだ。
クリムゾンが他のプログレユニットと大きく異なるのは、時折描かれるラインの形ということになる。これにマイルスのモードが深く関係している。
このバンドはデビューアルバム「宮殿」の頃からジャズの方向を眺めているところが散見され、そういうことで言えば実は音の使い様に於いては一貫しているとも言えるのかも知れない。
ただ、本作が大きく異なるところは、そのリズムセンスであり、
ポリリズムを音楽の中心に置いたということになると思う。
このポリリズムとギターの楽器としての機能は、こちら鍵盤陣からすると、憎たらしい程にハマっており、その織り成す幾何学模様はペルシャ絨毯のようである。
また、それをバックに歌うエイドリアン・ブリューのヴォーカルは、対象的に熱を感じさせるものであり、感情の機微を捉えたダイナミックなものに感じられる。
僕は、この時期のこのユニットを渋谷公会堂で聴いたことがあるが、何が信じられないかと言えば、この複雑極まりないポリリズムを演奏しながら全く次元の異なるリズム感で歌う彼の化け物具合ということだった。
「おかしいのじゃないか?この人」そのくらいのショックを受けたと。。
同行した嫁は客が皆だったというところにショックを受けておりましたが(笑)
あくまでも「個人的な好み」ということになりますが、より肥大化した現ユニットよりもこの4人で演奏した数年間がクリムゾンの最も好きな時期とハッキリ言える。
良き作品、良き楽曲ということになれば「宮殿」や「アイランド」等も捨て難いが、結局、演奏内容、サウンド、ヴォーカルに対する自分の好みからすると、クリムゾンのベストアルバムは本作かな?と朧げながらではありますが結論付けるのでした。
クリムゾンが初めてであれば「宮殿」と本作にトライするのが良いのではないでしょうか。そしてどちらも同じバンドであることに笑ってしまうことでしょう。
ロバート・フィリップ「我が音楽人生!」ということになりますか(笑)