ピアニスト・タカの脱線CD評

FLAT122キーボードとして活躍・ピアニスト・タカ音楽評

フルートに俄然興味が行く / パユのモーツァルト

モーツァルト・フルート作品では頂点かも知れない!!

木管楽器の主役、フルート。4リズムと言われるベース、ドラム、ギター(そして我が鍵盤)は別として、このフルートほどご縁のあった楽器もないです。18歳で上京、一浪して音大を目指すことになった僕は埼玉県朝霞台に在る寮に居りましたが、二部屋向こうの一室にフルートをやっているTが居た。これまで様々な音楽家と出会って来たが、その中でも突出した個性の持ち主だった。彼のことを説明していると、それでこのページが終わってしまうので割愛するとして、その彼にフルートの音色のことを教えられたことがある。演奏家によって音色の明暗が別れ、随分違うものであることをランパルとグラーフで同じ曲を聴かせられて勉強させていただいた。
T、ありがとう。今でも憶えているよ。そしてバンドでもまたフルートという楽器との縁は続き、フロントにフルートが演奏しているケースというのは何故か多かったと思う。フルートはピアノで作曲する僕からすると、出来上がりをイメージしやすく管楽器というとこちらからフルートを望んでいたところがあったのかも知れない。そもそも高校時代、衝動買いしたモーツァルトの「フルート・ハープのための協奏曲」が大当たり。今でも時々、聴きたい気分になります。モーツァルトの作品というのは、こう言うとファンに叱られそうですが、どれもこれも「金太郎飴」みたいに似たようなフレーズの組合せが多く、聴いて勘違いが多い作曲家の代表であることは間違いがない。勿論、よく聴けば違っているし(笑)、更に鬼聴すればリズムの妙というのが在ってその切れ味にこのマエストロだけの特長が見られる。何と言ってもモーツァルトの好きなところは、そのスケールの駆け上がりや使い方に躍動感というのか颯爽とした格好良さがあって、あぁ、、やはりこの人、天才なんだな、、と納得するわけです。これほど単純な音使いで全く贅肉のない骨組みだけでこれだけ豊かな世界を構築する作曲家は他には居ない。

このモーツァルトは様々な楽器を使用した協奏曲を書いているが、このフルートはピアノ以外においては最も作風がハマっており聴いていて実に気持ちが良い。本作は勿論、聴き入るということがあって良いけれど、読書のお伴、ストレッチのお伴、お昼寝のお伴、お腹の赤ちゃん、ちびっ子達に聴かせるには最適と言い切ってしまいます。

そして、何と言ってもこの演奏です。フルートのパユは前々から存じておりましたし、昔アバドがワーグナー「トリスタンとイゾルデ」をベルリンフィルと公演した時も同行しておりました。あの時アバドは病気から一旦復帰したばかりでしたが、あれだけ長いオペラを振るその精神力に圧倒されたものです。
正にその組合せでこの協奏曲3点が聴けるというのは何とも"しみじみ"としてしまいます。しかし、このフルートはこれまで聴いて来たこれまでのモーツァルトのフルート曲というのを全く過去のものにしてしまいました。それほどの演奏内容であり、おそらくそれはバッキングを務めるアバド+ベルリンフィルあっての部分もありそうです。
もしフルートという楽器がお好きであれば、是非聴いていただきたいです。その音の出し方、ビブラートの機微、アーティキュレーション、どちらかというとストレートで地味な演奏なのかも知れません。「こうしてやれ」とか「私ならこうする」というエゴが感じられない。通常、であれば聴きやすいけれど面白味に欠ける、、という方向に行く筈なのですが、そんなことは全くない。どうしてなのか昔、バイオリニストのチョン・キョンファがデビューした頃を思い出しましたが、もの凄い超絶技巧によって超えちゃっている演奏と言うことなのでしょう。

聴き手に「惜しいな、ココがもう少しアレだったら、、」などと感じさせることなく豪速球でドーンと3曲を完成させます。全盛期の江川ですね、、こりゃ(笑)僕はこのアルバムを聴いてパユという奏者にとても興味を持ちました。モーツァルト以外も多数リリースされているようですので、聴いてみたいと思います。フルート曲は恥ずかしながら知見がないので、新たな感動がありそうです。