ピアニスト・タカの脱線CD評

筆者はFLAT1-22・天然キーボード奏者の脱線転覆の珍説が脈絡なく展開!

PUPA/良薬なのに口に苦くない!

気軽に聴けて飽きの来ない良質J-POP

手垢が思いっきりくっ付いたような、いまひとつな小見出しだが、1Lで形容すればこんなところだろうか。会社の同僚Mさんは、いつも僕にCDを強制的に?貸してくれる音楽ファンだが、彼が貸してくれたCDの中では間違いなく上位に入るのが本作。
高橋幸宏率いるバンドだが、どうしてか高橋幸宏のヴォーカルは聴こえて来ない。参加メンバー達が入れ替わりでヴォーカルを担当しており、それがリピートして音に触れる最たる理由となっている。Amazonのコメントに「弱過ぎる。だから一線超えられない連中なのだ」と勇ましいことを書いていた方が居られたが、やれやれ、、聴き手というのは本当に裾野が広い。たとえその音楽が弱過ぎたものであっても、それは個性のひとつであり、更に強弱を物差しにするのはあまりに短絡的ということになる。弱く見えてえらくしぶとい優男だっているのだ。まあ好き嫌いということだから仕方ないけれど。
この中には、やらたと超速で弾き倒したり、やたらとデカイ音をぶちかましたりというアーティストは見当たらない。僕のピアノトリオとはヒジョウに遠いところに在るバンドです(笑)。高橋幸宏さんがそういう意味では最も硬派かもしれないですが。僕がこのユニットを気に入っているのは、そのパロディ的な部分です。例えば、前作となります「floating pupa」で顕著ですが、バート・バカラックビートルズ、またフランシス・レイからエンニォ・モリコーネまでの映画音楽から上手にいただいているセンスが感じ取れます。その取り入れ方に彼らのバックボーンを感じるところであります。また、高橋幸宏さんのドラムは、例のYMO時代の「リズムマシンをドラムでやってます!」というリズム、フレーズではないところがポイントです。ロック、ポップス基調の中に微かながらフュージョン的な要素もあるところ、その匙加減が流石というところです。おそらく、ドラマーとしての自分に重きを置きたかったのかも知れません。この人のヴォーカルはとてもカッコいいのですが、灰汁もまた強いですよね。昔一時、音楽とファッションでイメージを象った「ジャパン」のセンス(個人的にはベースのミック・カーンが好きでしたが。)から影響を受けたのでは?(逆かもしれない)と思います。このヴォーカルが入ると音楽のかなりの部分でその色合いが決まってしまう。音楽ファンによっては「ちょっと飽きちゃった!」と言われ兼ねない。(ジャパン:ジャパンとは言うものの英国のバンドです。デビッドシルヴィアンを中心とした、退廃的な世界をロックで表現するところがカッコ良かったが人気絶頂で突然解散。)その「えー!!またそれやるの?」を回避したかったのでしょう。バンドとしての新味を暑苦しくない飄々としたイメージで押出したかったと。
それは、上手く行っていると思います。2枚のアルバムをリリースしておりますが、2枚手元に置いても良いかも知れません。微妙に違っており、その微妙な具合は少し興味深い差異でもあると。本作をセレクトしたのは、より音楽が有機質で温かな風合いがあったからです。これは前作にはなかった部分、もしくはその質量が少なかった。電気的でサウンドとしては凝ったものだったが、若干やり過ぎのところがあり、それが全体的に散漫な印象を受ける場合もあった(聴くこちらの体調や、気分によって。)そこが随分改善され、作品の押し出しが強くなったと思います。個人的な受取方ですが、僕は本作の方により美メロが散見されていると感じます。パッと聴きでは確かに弱々しく、頼りな気に歌う男性ボーカルですが、その旋律と歌い方には必然性があり、共感を持ちつつ音に触れることが出来ます。
PUPAは確かにマニアックな歌モノバンドでしょう。しかし、素直に接すれば気持ちよく心に入って来る刺さらない音楽です。「良薬なのに口に苦くない」と言うわけです。耳に刺さらない、聴きやすい音楽、それでいて力があるということ。音楽造りにおいてそれが一番難しい。しかし、そういう音楽が繰返して聴かれるわけです。

もの凄いソロがあるわけじゃない。驚くべきヴォーカルが居るわけでもない。しかし、センスの重なりと工夫、知的な遊び心でこうした優れた作品を完成させるところがポイントでしょう。キッカケはTVで偶然みたライブでした。そして、同僚MさんがCDを貸してくれたと。異動となり顔を合わせる事がなくなりましたが、僕のiPodでは今もPUPAが鳴っております。時々聴きたくなる、癒されて、温かくなって、少し別な町へとワープする。なかなか効能の多い音楽ではあります。