ピアニスト・タカの脱線CD評

筆者はFLAT1-22・天然キーボード奏者の脱線転覆の珍説が脈絡なく展開!

心に刻まれる理由ーピンクフロイド「狂気」

消失された場所で聴いた「狂気」の記憶。

18歳の僕とピンクフロイド「狂気」、イメージは重なりひとつの記憶になっている。
The Dark Side of the Moon

「狂気」はもちろん邦題ですね。上記がオリジナルのタイトル。
本作は出来るだけ良い音で聴きたい内容となります。
それにしても「狂気」ってのもあながちイメージとしては外れていない。だって気味の悪いオッサンが登場するから。
学校から帰って来た僕は制服をイライラと脱ぎ捨て、月3000円のお小遣いを叩いて買った本作(当然のことながらLPレコード)をしげしげと眺め ておりました。当時、実家は建替えをするというので、叔母の家(母の実家)に預けられていたのですが、その2階には都合良くステレオが置いてありました。今思えば叔母が1階から移動しておいてくれたのかも知れません。僕はレコードに針を落とし、ヘッドホンをかけてボリュームを上げていきました。
すると、カタカタ、、カタカタというSEが聴こえてまいります。喋り声もオーバーラップして来ますが、何しろ聴いたことのない独特な質感で、その音質も国産音楽では到底感じることの出来ない素晴らしいものでした。

よく聴くと、レジのガチャコンというような音も入って徐々に賑やかで、尚かつ不穏な空気感は濃厚になって来る。それにしても最初から、ドコッ、ドコッ、、と心臓の音がしつこく一定のスピードで鳴っているのが妙に気になる。
何時までこんなことやってんの?この音楽は、、、と思っていると、遠くの方から「アァ~、、アァ~、、アァ~、、」と超気味の悪い声が大きくなって来るではありませんか!!
「うわっ!!何コレ」
と僕はヘッドホンを投げ捨ててしまいました。これですね。音楽のインパクトというのはコレを言うのだと思います。
驚いて聴くのを止めてしまう程の衝撃。何と凄いことでしょう。
気を取直して、コレを聴いたのは半年後でした。すると、このSEの冒頭以降には何と素晴らしい曲(サウンド)が続いていたことでしょう?あの、うす気味の悪いフェイドインがあって、ナイフで切ったように瞬時に移行する本来的にはイントロであろう安堵させるようなギターの音色とリフ。実に計算された演出であり、このバンドの他のプログレバンドにはない機知を感じるところです。
あの「気味の悪いオヤジさん」はもう一度登 場しますが、それぞれの作品に力があるので、こういったアイデアが全て必然性を持つに至っている。TIMEで使われる時計の音、MONEYで使われるキャッシャーの 音、どれもこれもが生々しく、すぐそこで鳴っているようです。
何となく隙間に突っ込みました。そういうSEサウンドエファクト:効果音)とはわけが違う。このSEはこのバンドのとても大切な要素であり作品イメージにしっかりと寄り添うものです。

ピ ンクフロイドはプログレ御三家(これは人によって微妙に異なる)に入るバンドですが、だからといって押し倒すようなテクニックがあるわけではない。 ELPとかキングクリムゾン、もしくはエスなどとは(その音楽表現において)一線を隔てていると言って良いでしょう。テクニックのないところを創意工夫とコンセプトを強く押し出すことで、聴き手にまるで"記録映画"のような印象を与える。下手とは言うけれど、決して一般的な意味での「下手」と言うのではありません。呆れるほどのテクニックを持つ上記のバンド達と比較してのことです。彼らは自分達の言いたいことを演奏表現するに足るテクニックとキャラを十分持っています。
先にテクニックが来てしまう音楽ほど表層的で薄っぺらなものはありませんから。
「テクニックは自分達の表現の下に位置するもの」彼らは音を通して教えてくれます。

ピンクフロイドは他にも名盤はありますが「強いイメージの塊」を感じるのは本作です。おそらく当時のバンドの状態、世相、録音スタッフ、使用していた機材と作品との関係性などアルバム制作に影響するパーツのひとつひとつが上手く行ったのでしょう。

叔母の家は釜石市両石町という小さな漁師町に在りました。東日本大震災で流されてしまいました。震災半年前の夏、当時小5だった息子と男二人旅で帰省した折り、この家に寄りましたが、別れ際、叔母の笑顔がずっと車のバックミラーに映っておりました。母もそうですが、離れて行く車をいつまでも見つめているのですね。「自分が周りから愛されて育ったのだ」と、このような小さな事で知るわけです。そして何故だか、それがピンクフロイドの本作とどこかで結びついている気がする。あれが叔母を見た最後になるとは思いも寄らなかった。叔母が震災で亡くなって7年という時間が経過しました。18歳の自分と共にあった旧家も、かさ上げ工事で盛土の下となり跡形もありません。
それでも、夕暮時に聴いたピンクフロイドと当時の自分の織り成した小さな世界は、今でも色鮮やかな記憶として心に刻まれています。
感動を与えてくれる音楽との出会いは本当に素晴らしいですよね。

皆さんも機会があったら是非、試聴してみてください。〈2017.8.19/加筆・修正〉