ピアニスト・タカの脱線CD評

筆者はFLAT1-22・天然キーボード奏者の脱線転覆の珍説が脈絡なく展開!

やはりグールドでしょう「バッハ・パルティータ」

音大2年生時、課題で弾いた4番は今も心から離れない。

パルティータの魅力に気が付いたのは、もしかすると最近なのかも知れない。
バッハは他の作曲家とは異なり、敷居の高さ、敷居の種類?が違うという気がする。
その中でもこのパルティータは聴いて難解ということはないが、なかなか入り込むところまで行かない強敵であります。
しかし、そこを少しだけ我慢して聴き続けると、そのとてつもない旋律の美しさとオリジナリティ(オリジナリティとバッハに対して言うのは失礼という話もあるか、、笑)にハマってしまうのであり、自分の中ではスルメのような作品(失礼)ということになっております。
クラシック音楽の場合、作曲家と聴き手の中継点であるピアニストが必要となるわけですが、バッハの場合は弾き手が限られるところがあるにせよ、どのピアニストで聴くのか?他の作曲家以上にポイントなのかな?と思います。
これは、個人的見解なので、聴く人によるものだとお断りした上で述べますが、ピアニストによっては作品力が来ない!と感じる場合も少なくないのです。
それが誰もが知る巨匠であっても、、、です。
好みと言ってしまえば、それまでですが、バッハほど顕著な例はないと思います。
例えば「平均率」であればグールド、ニコラエワ。パルティータの本作グールド以外では、昔先生のご自宅で聴かされたワイセンベルグのものが癖が強いものの、随分と魅かれるところがありました。
しかし、本アルバムのグレン・グールドは他のピアニストとは明らかに一線を隔てたところに位置しているイメージがあります。というか、グールドの芸風ってのが作曲家に関係なく何を弾いてもその特殊性から良くも悪くも別世界というわけですが。

パルティータはいくつかの作品の集合体です。全6曲となりますが、それぞれ自由な作風で小規模な作品が連なっております。プログレなんかで組曲と言うと少し恥ずかしく、古臭いイメージを持つ音楽ファンも少なからずおられると思いますが、バッハの組曲は大きな声で言ってもらって構わない恥ずかしくない真の「組曲」と言えましょう、、笑
導入部でも名称が共通するわけでもなく、プレリュードというのもあれば、序奏という意味を持つオーバーチュアと表記されているのもあります。
最後に「ジー」と呼ばれるテンポの速い、バッハならではのモード的で緻密な音の重なりを持つ作品が置かれます。Youtubeでもグールドで検索すれば、聴くことが出来ます。休符となって空いている左手で指揮の動作をするなど、笑ってしまうところがありますがグールドらしく音の出し方、リズムの取り方が他のピアニスト達ではとても真似出来ない世界が展開されております。独特なスピードを持ち、音楽が豊かに響いているのはパルティータでも同様で、まるで自分のオリジナルのように軽々と歩を進めて行きます。音に羽が生えているのか?と錯覚するほどに軽快、かつ透明な音です。
僕は、このパルティータ・4番を音大2年時にテスト課題で挑戦しましたが、大変苦労したこともあり未だ心に深く刻まれたままです。
課題曲テストのルームではピアノ講師10人程が片側に並んで座っており、パルティータから「2曲」選択して弾くために「くじ引き」が用意されておりました。僕は「アルマンド」と「ジーグ」ということになりましたが、アルマンドはともかくジーグは何しろ自分のテクニックに挑戦するつもりで速いテンポでアプローチすることに拘っておりました。ジーグはその超速テンポと、的確なリズム、重層的かつ緻密な音使いを彫刻のように描き分けるイメージで演奏しないと形にならないのです。
いただいた点数としてはそこそこでしたが、しかしこのグールドのテンポ感、描き出しはまるで違う曲を聴いているかのようです。
平均率もそうですが、自分の弾いた後グールドを聴くと全く違う曲に聴こえてしまう。他のピアニストでそういう事象が起こるのは「ホロヴィッツ」辺りがそうです。
バッハという、クラシックから現代音楽までのヘソにあたる部分、起点でありながらも終点というのか無限でもある宇宙人・作曲家。
この底知れない懐に飛込み、ひとつの音楽として成立させるには、同じく別な星に住むグールドのような変人でないと難しいのでしょう。
余談となりますが、グールドの鼻歌?が嫌いで聴かないという方もおられます。弾きながら「フーンフーン」って歌うのですね。特に旋律的なところになると盛り上がってくる(笑)僕は本当に個人的な好みなのですが、元来は自分の演奏する音以外に歌とか、雑音を立てる演奏家をあまり好まないです。フォームに関しても動作の大きい派手な形は苦手です。例えばせっかく音楽自体は好きなのにキースジャレットなんかは駄目なんですよね。ファンに叱られそうで、先に謝りますけれど。しかしどうしてなのか、グレングールドの煩い鼻歌は意外に演奏と一緒に聴けてしまいます。一体どうしてなのか?これは間違いなく根拠があると思うので、時間のある時に考えてみたいと思います。何か大切なことのような気もしますので。

そうそう、忘れておりましたがバッハを弾くピアニストとして日本を代表する天才がおりました。高橋悠治!!!彼のバッハもまたオススメです。

《2020.12.20 加筆・修正