ピアニスト・タカの脱線CD評

筆者はFLAT1-22・天然キーボード奏者の脱線転覆の珍説が脈絡なく展開!

烏頭・針が振り切れている!

スピード感溢れる音。音楽マニア達のイチオシか?

烏頭(うず)はライブに来ていたお客様から教えられたバンドで「聴いてみるもよし!対バンまたよし!」ということでした。
それから半年後の夏、四ッ谷のライブハウスでご一緒させていただき音楽を聴くこととなりました。
その衝撃は、今も鮮明ですが、同時に本サイトでも紹介しております「る*しろう」との近似性もまた感じたものでした。
バンドの編成がピアノ、ギター、ドラムというベースレスで同じ構成であるところが大きいのですが、音楽の造作に似たところがあるのです。
その有機質なところは、自分の音楽がどちらかという定規で引っ張ったように幾何学的な音楽を行うのとは対象的で、何と言うか割り切れていないところをひとつのカタマリに捩じ込むようなリズムに特長があります。それは独特な「音の畝裏」となって表出しているようでした。これは「る*しろう」にも存在する特長ですが、自分には無いものであり、真似をしようにも出来ないセンスです。
しかし、似て非なるところも散見されるところが面白いところです。
この2つのユニットを土俵にのせてみると、違う部位がキレイにあぶり出しとなるのが不思議に絵柄として見えるようです。
烏頭はどこかに民族音楽的なイメージが見え隠れし、それが重く湿った感じを受けるのですが、る*しろうは音がもっと乾いています。また烏頭は他音楽の影響が見えない、もしくは咀嚼し吸収したフィルターの性能を感じる。平たく言えば独自性がとても強いと。その辺りでファンを分けるところがあるかも知れない。
僕は、ライブでこっそり録ったipodで半年ほど烏頭を聴いておりましたが、今思えば、よくぞ半年もあのオーバーロードした割れまくった音に耐えて聴き続けたものです。そういうところで言えば、本作は何と音がキレイなのでしょう(笑)つまりライブでの音と本アルバムの音にはかなりの乖離があり(勿論、個人的なところで)、そこがむしろ興味深い。ライブを行う必然性、それでいてアルバムの存在、その区分けがこれだけ成されているのは、おそらく僕のipodが理由なのですが、それでもそこにこのバンドの七変化的な才能が隠れているような気がします。
「とにかく針が振り切れている感じ!」
僕の烏頭に対する素直なイメージです。

最近ミニアルバムがリリースされ、ずっと洗練されたジャケ(このデザインはとても秀逸です。)で登場しておりますが、僕は本作の作品でしばらくは楽しめそうです。対バンを3回ほど経験しておりますので、耳に馴染んでいる作品も数曲あります。ヴォイス参加の作品など、凄いキャラの曲だな!と改めて感心します。旋律がとても魅力的なラインを描いており、もしかすると中東、トルコ伝統音楽からの影響?と思ったりするけれど、うーん、、、よくわからない。
音を掴み取りに行くスピード、強さは尋常ではなく、どういうイメージが在ってこういう事態になっているのか知りたいという気持ちです。

ひとつにピアノの大和田さんのフォームに秘密がありそうですが、あれだけデカイ音を出すピアノというのも聴いた記憶がない。否、、単にデカイ音のピアノというのでもなく、音の中にピアノ線が入り込んでいるようなサウンドと言えばイイのか?
昨今、国際的に活躍する女性アスリートに男達は腰が引けているが、音楽界でも同じ事象が生じているのである。
ジャンルとしてはプログレに入れられてしまう危険性?がありそうですが、あまりバイアスをかけないで、素直に聴くべきだろうな、、と思います。
ある程度の柔らかな脳の持ち主であれば、この新しい音に乗って旅するのは、さほど難しくはないでしょう。決して難解であるとか、敷居が高く面倒、という音楽ではないです。普通に聴いて自分なりにイメージを膨らませて楽しめばOKと。猛毒なので、中毒になると抜け出せなくなりますが、別段健康を害するわけでもなし!是非、その鋭利な棘と格闘していただきたいと思います。
*本作の音データを佐山氏(烏頭・Dr)から受取りこの駄文の参考とさせていただきました。多謝!御礼を申し上げます。