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〈 g e n r e 〉

収録風景/ホロヴィッツ モーツァルトピアノ協奏曲23番

ホロヴィッツは僕が最も尊敬するピアニストです。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番、ピアノ・ソナタ第13番

 Youtubeにアップされているホロヴィッツの収録風景は僕にとって、最近特に興味を掻立てられる内容だった。

譜捲りの若いスタッフがうっかり忘れて巨匠が自分で譜面を捲ったシーンなどは面白い。気難しいことでも知られたホロヴィッツですが、こういったことでは怒らなかったのですね。クスッと笑って「コラ!」と言った感じです。

また指揮者ジュリーニとミラノスカラ座オケとの雰囲気もとても良好です。

というか巨匠に対するジュリーニジュリーニもまた巨匠ではありますが)の気遣いが、伝わる絵柄でもあります。

ピアノに向う以外は絶えずおしゃべりなホロヴィッツ、笑顔ながら寡黙なジュリーニが対象的です。

これはホロヴィッツが天に召される2年前の映像ということですが、おどろくほど元気で明るく、矍鑠としている。

ブレイクしている時は、自分も楽団に向って指揮をしたり、譜捲りの青年にコソコソと話しかけたり。

しかし、その一挙手一投足には、プレッシャーから自分を解放し、モーツァルトに対峙する自分を鼓舞する気持ちが痛くなるほどに現れている。

それにしても、この出音の素晴らしさは何だろう?

ピアノの精緻に整えられたコンディション、オケとの相性、技術陣のピアニストに対する理解。様々なポイントが考えられそうだが、しかしこれが他のピアニストではこのような音にはならないと推測出来る。

そこはやはりホロヴィッツ本人の特異なタッチ、そしてそのタッチによるモーツァルトとの関係性において、、ということになると思います。

言葉で言うと何かイメージが萎んでしまいますが、敢えて思い浮かぶ言葉は「立体的」ということです。このピアノから紡ぎ出される音は、とても濃厚で独特な温度・湿度感を伴い、3次元的な立体性を感じさせるものです。

このような奥行きが感じられるピアニストはなかなか居ないし、ホロヴィッツ自身にしても若い頃の演奏内容とは随分違うところがある。

というか、こういった境地に辿り着いたのか?と感慨深い。

30歳頃のリストのソナタ等を聴くと、本当に腰を抜かすほどに凄い。そのリズムセンスは誰にも真似出来ない。「神様がピアノを弾いたらこんな音かも知れない」という轟音の間、深い断層の鋭利なイメージ。

本作でのホロヴィッツを聴くと、長きに渡って孤独に試行錯誤していたのではないかと想いを馳せます。

それにしても何と魅力的な音を引き出すのでしょう。

身体全体の使い方、指の独立性、そこにも特異なところが見えます。

指を寝そべったように延ばして弾きますが、動作していない指の畳み方などにも興味が行きます。

真似してみたくなる弾き方です。

しかし、ピアニストが10人いたら、10通りの弾き方が在るべきでしょう。

自分の骨の造作、筋肉の質に見合った(最大公約数的に)脳からのコントロールが得られるフォームの確立を目指すということになります。

ホロヴィッツ自身がきっと説明が難しい、と思っていたところにこそテクニック神髄が隠されているはずです。

その大切なポイントに近づくほど言葉というのは力を持たない。

昔、指示した(今でも尊敬しております)先生は、折に触れて「モーツァルトは、とても難しいのよ」と言っていたものです。

ラヴェルを売りとするピアニストである先生がモーツァルトが難しい、ということに当時18歳の僕は違和感がありましたが、それは今「そりゃそうだ!」と普通に理解出来ます。この骨組みだけで出来ている作品内容、定規で完璧な線を引いたようなお驚くべき精緻な音楽。

ホロヴィッツもおそらく、そういった難しさは感じておられたかも知れません。

しかしその高いハードルを飄々とした表情で超えて、収録を終えました。

その少し前に薬の影響から悲しいほどの衰えを隠せなかったところから、最後力を振り絞ったのでしょうか?

不死鳥のようでした。

辿り着いた世界、それは音の天国のような場所だったに違いない。

彼より弾ける若手、指の回るピアニストは少なくないです。

しかし彼のように弾けるピアニストは存在しない。

何時までも聴かれるピアニストでしょう。

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