ピアニスト・タカの脱線CD評

筆者はFLAT1-22・天然キーボード奏者の脱線転覆の珍説が脈絡なく展開!

FLAT122・ライブビデオダウンロード評

www.youtube.com上記動画は、FLAT122ビデオダウンロード販売のPV「Spiral」抜粋となります。
物凄い超速演奏で、これを7月3日のライブで再現するかもしれないのですが、出来るのでしょうか?(と他人のよう)
さて、この好評のFLAT122ビデオダウンロード販売は全数8曲から成ります
この自己評価をこのページにアップしたいと思います。どうぞご参考まで、よろしくお願いします。最後に私の連絡先を表記しますので、全貌を手にしたいという方は是非、ご注目ください!

01 ネオクラシックダンス
FLAT122作品の中では柱の一つと言っていい明るく快速テンポの曲。本作ではオリジナルの素の状態を聴くことが出来る。ベースレスギタートリオであるので、一人の持分は限りなく大きく、羽目を外すことが出来ない。この作品は他のユニットでも随分演奏したが、このFLATのテンポが飛び抜けて速くレコードの回転?を間違えたのか、と錯覚してしまう。聴きどころは11拍子と12拍子のポリリズムで、これを対角線上に12Bと11Bのしゃくとして最後フレーズがカッチリと合うように構成される。その後、何のフィルインもなく次のパートに行くのがまたこのバンドの最たる特徴。せっかちで、とにかく先に先に向かっていく。何をムキになって前を向くのであろうか。音楽原理主義(つまりは音楽本意。他のことは全く考えない。宗教とは異なりこちらは可愛いです。)を貫いたこのバンドの青春があると思う。

02 グラーベ
このグラーベは04まで続く3曲の冒頭となる。つまり3曲で1曲だが、それをやったら異様に長く、扱いに困ってしまう。実際曲としては独立した存在でも問題ないかと思う。作曲時にバッハに敬愛の念を込めてパルティータの呼称を使用しているのであるが、何とも奇天烈なパルティータである。しかし、このグラーベは今コピーしようと試みても非常に難しく、おそらく即興とベタ譜とゴチャゴチャに混ぜてあるからかと思う。後半にかけて今ではやらないコードプログレッションが見られてそこのギターのフレーズが美しく、心に突き刺さってくるようだ。

03 メヌエット
当時はさっぱりうまく行かないというので、捨て加減の作品だったが、今聴くと凄まじいリズムとフレーズの実験がこれでもかと詰め込まれ、まるでメシアンバルトークストラヴィンスキーが交差しているようでもある。そこに調味料としてザッパを少々降りかけるとこんな感じになると思うが、今のところこれをコピーする気分にはなれない。体力を付けてからとしたい。

04 ジー
音大の期末課題曲で弾いたパルティータを思い出して作曲した、テーマがはっきりした作品。ドラムの田辺君のお気に入り。ジーグが好きであることって、こういうことか!って分かる作品かも知れない。珍しく独特なラインを描き、それはどこまでも音楽的に歌わせる。この作品は捻くれずに真っ直ぐに音に向かった曲だった。作曲も当時はまだ調律もやってもらっていたヤマハのグランドピアノ、愛用のG3で弾いたもの。生ピアノで作曲した作品は他にネオクラシックダンスやスパイラルがあるが、やはりハッキリとしたテーマ性を持つ作品になる、という印象。

05 スパイラル
自分の作品中、最も大きく。ウドの大木と呼んでいる。ハードルはそれなりに満載でこれをライブで最後で演奏することが多い。おそらくスパイラルを演奏しなかったライブは一度もないと思う。途中に大きなミニマルパートを持たせているのが特長。ミニマルパートの殆どが変則的なリズムを下地にしており、この作品のポイントとなるが実はそこにたどり着くまでの展開部にとてつもなく難しいソロパートがあり、聴き手にとっては逆に楽しめる。改善を重ねてとにかく修正の山を築いて来たが、流石にそろそろゴールが見えて来た。

06 記憶
本作はFLAT122の中にあって、珍しくシンプルでスローテンポで終始する。タイトル通り陰影が深く、旋律とハーモニーを前面に出していく。リズムも6拍子を基本にイレギュラーを徹底して排除し、真っ直ぐに突き抜けていく。本当はこういう作品がもっと必要ではないかと思う。シンプルな作品だが、だからと言って演奏が簡単、というわけではない。繊細なタッチ、丁寧に向かっていく抑揚が不可欠。記憶ほど旋律に重きが置かれた作品はないように思う。

07 メマイ
平田(ギター)の作品となる。目眩は僕が命名したタイトル。あまりに演奏が難儀で目眩がする!というのがこのネームの由来。実際、曲のイメージも目眩と言われれば近似している感もある。5拍子を基本とした強いリズムに、緊張に溢れたラインが流れていく。かなりエグい描き方だが、根底に新古典派の流れも感じさせ、一度聴くとしばらくは頭の中を高速で駆け巡る毒性の強さが売り。

08 夏
これはミニマルミュージックで終始させるという徹頭徹尾、虚飾を排しイメージ表現にミニマルをツールとして使うという内容。作曲者は平田(ギター)でこのメマイと夏を聴くと川崎との明確な方向性の違いが炙り出されて興味深い。個人的なところでは全8曲中、最もオリジナリティが高く、他とは明確に線を引くこの作品に好感を持つものです。

流石に8曲分コンパクトにまとめましたが、2000W超えました!動画と合わせてご参考にしていただければ嬉しいです。
ビデオデータは画像はご覧の通りですが音は十分生きており、聴いて楽しめるものと思います。
FLAT122・HPのトップページ最下部に表記のメールアドレスに、
タイトル「FLAT122ビデオ販売の件」として、
本文に、お名前、DLしたい曲(もしくは全数)を明記して送信してください。
ご案内を返信いたします。

http://flat122.kane-tsugu.com/FLAT122/FLAT122.html

ブライアンブレイド+FS「Season of Cnages」

ここにバンドの理想があると思う。

長いバンド名なので、タイトルでは略しておりますが、日本語で「ブライアンブレイド+フェローシップ」となります。ブライアンブレイドはジャズ・フュージョン系のドラマーで大変な売れっ子です。先頃お亡くなりになりましたチック・コリアとも演奏活動しており、Youtubeなどで聴くことがが出来ます。
僕はこのバンドより、セッションドラマーとして先に知りましたが、おそらく彼の本質はこのバンドに集約されていると言って良いかと思います。
セッション時のプレイと比較すると若干大人しく、作品に寄り添ったアプローチに終始しておりますが、それでも例の抑揚の大きく音に繊細に反応する聴いてすぐ、それと分かるアプローチは変わらず

"ブレイド節"聴くことが出来ます。というより本作はバンドとしてのひとつの塊、バンドとして何を言いたいのか?ということにメンバーが朴訥に誠実に反応しており、自分の演奏家のスタイルやテクニックはあくまでも作品イメージの下に置かれるという音楽の在り方を強く感じます。
こういうバンドの在り方はプログレで言えば「ピンクフロイド」辺りに通じます。聴いて思うのは音の向かう方向がイメージ、空気感というのか、そういう音楽の技術とは全く異なる次元で勝負しているということです。うちの息子が小学校の頃、隔年で全校音楽会というのがり、僕はそれを楽しみにしておりました。子供達は彼らにとっては少し難儀な課題に取り組み、それを父兄達の前で各学年毎にオーケストラを組み、披露するのですが息子は担当楽器の花形・パーカッションを演奏するのに随分入れ込んでおりました。数人なので、オーディションが生意気にあったりして、、笑
純粋で無垢な子供達から奏でられる音楽に、いつもどこかで涙が止まらなくなり恥ずかしくて、大変な思いをしました。
そして、この本作「ブライアンブレイドとその仲間達」の作り上げる音楽は正に、共通したものを感じさせる。
聴くとすぐに、アメリカの風土というのか「土の匂い」がする。でも、それが変に泥臭いわけでもなく、飄々と進められていく。「インディアンは、草木や石ころにも魂があると信じている」と聞いたことがあるけれど、そういうことをふと思い出させる作用がある。音楽的なイニシアチブは間違いなくピアニストだと思うが、各プレーヤーはその持分の中で表現への構築に貢献する。自分のキャラは、しかし出さないということでもない。特にサックスプレーヤーのラインの取り方は良いと思う。かつてクラシック界のマエストロ・カールベームにオーケストラにとって最も大切なことは何か?と尋ねたところ「合奏すること」と応えた。何と深い言葉だろう!と思う。音楽家の共同作業において自分の我儘や、頑迷なところは確かにあるのだけれど、それをコントロールして作品に向かうことになる。曲によってブライアンブレイドは、少しコンプレッサーを強くかけたシンプルな8ビートを叩いている。彼はそもそもジャズという範疇に収まらない部分のあるアーティストだけれど、このちょっとしたところにも、自由で大らかな発想が垣間見える。彼らのアルバムはどれを聴いても大丈夫。どうしても似通ったところはあるけれど、サウンドを含むアレンジ、アプローチはやはり異なります。一聴して似た感じがするのは、幹のシッカリとした音楽の特長です。ベートーベン、モーツァルト然り、ショスタコーヴィチだってそうです。久しぶりの保証付?オススメです。

偏見に塗れた国内女性ヴォーカルベスト10

たまには、こうした企画も良いものです。
タイトルに偏見と入れましたので、相当数の反対意見や異論は想定内です。
何だか下手な英語の訳みたいな文になっちゃいました。
では、行ってみましょう!!

 10位 キャンディーズ
シュープリームスの日本版を狙ったのですかね?全く似ておりませんが、、笑 しかしジャニーズのハナタレ小僧達のろくにハーモニー出来ない具合と比較したら天と地(by 羽生結弦)の違いがあります。またキャンディーズのハーモニーは独特な柔らかな響きがあって個人的には魅力があると思います。10位は妥当でありましょう。

9位 ちあきなおみ
ちあきなおみは「喝采」と「タンスにゴンで説明はOKでしょうけれど、芸幅は広く実に様々な歌にトライしております。例えば森山良子の定番である例のさとうきび畑もカバーしておりますが、こちらの方がずっとよい(個人的見解)ちあきなおみ、と聞いただけであのレコード大賞の時代へとワープする自分です。この人の声は他には見当たらない感じ。おそらく歌い方も独特なところがあるので合間ってそのように受け止めるのだろうけれど。キャラに隠れて見逃されがちですが、実は音程の取り方がとても正確なところも二重丸です。

8位 さねよしいさ子
ご存知の方は極少と思いますが、実際に三茶の某ライブハウスで共演しましたので、直に生・才能に触れております。一説に譜面が読めないということですが、何かの冗談でしょう。絶対に信じません。因みに彼女のバックを務めていたのは栗コーダーカルテットでした。ハイトーンでこんなメロを歌うか?というほど面倒なラインを歌える奇才と言えるでしょう。

7位 前野曜子
「別れの朝」これ1曲でここに入れたわけです。この曲は当時子供の自分にはえらくお洒落で洋楽っぽく(笑)聴こえたものです。これは朱里エイコもカバーで歌っておりますが、流石の前野曜子もテクでは旗色が悪い。しかし、それでもこの人にしかない暗い色合いがたまらない。現代においてはまず居ないタイプでしょう。

6位 荒井由実
本当はもっと上位にあげたいところだったのですが、最近インスタグラムでそのセレブぶりが注目されており、高校時代の淡い思い出がぶち壊されたので悲しみの6位となりました。実に心の小さな管理人です。しかし、アーティストなるものあまり生活面を大ぴらにするものではない事例かも知れません。音楽家にとってリスナーはうつろいやすく無情です。ベストアルバムは迷わず「ミスリム」ですね。

5位 朱里エイコ
単にヴォーカル(声)だけであれば1位と張り合うでしょう。その特長は官能的なハスキーヴォイスにあり、若干(本当に少しだけ)エンヴェロープが遅れるところがグッとくるのです。例えば、和田アキ子さんの持ち曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌っておりますが、全く相手にならない。晩年は病気と薬の副作用なのか太ってしまい、若い頃の見る影もありませんでした。歌う場所を探して随分と苦労されたようです。知っていたら無償援助したのに。「何、、この変拍子!!歌えない!!」って叱られたことでしょう、、笑

4位 大貫妙子
大貫妙子はヴォーカルとしてもさることながら、やはりシンガーソングライターという肩書きがもっとも似合うアーティストだと思う。そのハーモニーや旋律にはこの人だけの確立されたスタイルがあり、演奏を聴いているような錯覚に囚われることがある。ライブでMCを聞いたら、ヴォーカルとしての声とは大きく違ってドスの効いた低域に「おおっ!」と少しビックリ。比較すると前期から中期の方に作品の良さが偏っている傾向があるような気がします。ベストアルバムはそういうことで、、
「ROMANTIQUE」になるでしょうか。

3位 カルメンマキ
おそらく聴いた回数が群を抜いていると思います。自分が好むのは1stだけあり、またこれで十分と。このアルバムから、どれだけの影響を受けたかということになります。カルメンマキって迫力があって中低域で聴かせるイメージがあるけれど、実は若い頃の高い音程での声がとてもキレイだった。今もたまに聴きたくなるけれど、ウォーキングのお供には向かない音楽です。このサイトでもページがありますが、昭和の火傷するような熱い時代がそこに在るって感じ。余談ながらこのアルバムの深町純さんのキーボードプレイがカッコいい!!

2位 Phew

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オリジナルということで言えば間違いなく国産屈指の音楽家でしょう。

Phew聴き手の踏み絵みたいな人です。これが最初からダメな人、何これ?と言いながらハマっていく人、どちらかしかないでしょう。
最も好むアルバムは「A New World」です。こういうキャラのアーティストが日本て国にいることが奇跡。独特な上ずったような音程感、サンプラーで固めた電気サウンドにはシンセを安易に使った表層的な音をあざ笑うかのように堂々として突き進む。予想もしないような言葉で語りかけて来る、混沌の美ともいうべき世界。是非、あなたも。

1位 吉田美奈子

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今、また聴いているということもあり迷わず女神・吉田美奈子を1位としました。ベストなアルバムは「TWILIGHT ZONE」荒々しく空気感を感じさせるサウンド、生々しい声。その声は、透明感のあるなどという使い古された形容ではとても。言うなれば僕の好きな楽器、クラリネットと似ているかも知れない。高いところでの本当にキレイで伸びやかな線、低域の少し金属質なところが感じられる太く趣きを感じさせるところ。また細かなアーティキュレーションの使い方にも優れて、吉田美奈子が他のヴォーカル達とは全く違った次元を持っていることが分かる。ただひとつ、バックのセンスに左右されず、もう少し自分の世界、本来的な心に横たわるイメージを表現してほしいと思います。

*ということでようやく書き終えました。今、加筆修正しておりますが既に僕のサイトとしては多くの方に読んでいただき、嬉しいです。自分のライブより何かこのサイトの方が安定した人気があるように思うのだけれど、少し複雑な気分(笑)今、入れておけばよかったという変態ミュージックが数点ありましたので番外編的に変態音楽ベスト10てのを先々力筆しようと思います。引き続き、よろしくお願いいたします♫

ソニックユース「Daydream Nation」

キム・ゴードンが好き!なんて変わってるかな?

ソニックユースを初めて聴いたのは、もう20年以上前です!
ユース歴長いです。
これまで、このサイトに登場させなかったのが不自然なほど。
おそらく僕の周囲は、こういう路線はイメージしていないと思いますが、とことん好きなバンドと言っていい。本日のネットニュースで「こけしDOLL」のベーシスト・中鉢さんがお亡くなりになったことを伝えておりました。僕はこのバンドは何と!知りませんでしたが、Youtubeで少し聴いてみたわけです。曲によって好みの上下動がすごく、ちょっとダメと凄くイイが混在するのですね。珍しいバンドです。バッチさんのベースがとても気に入って、知ったばかりなのに随分悲しくなりました。ご冥福をお祈りいたします。僕があの世に行ったら是非セッションさせてください。
さてソニックユース、、、。
こけしDOLLを上記のように、聴いていると自然にソニックユースを聴きたくなったわけです。どこかに共通したところがあるのかも知れない。
ソニックユースのアルバムは一応本作をアップしましたが(乱暴な物言いですが)どれでもOKではないかと思います。個人的な好みは、意外に初期の代表作とも言われる「Bad Moon Rising」なのですけれど。バンドの要素として好きな部分が多く、なので飽きることなくここまで来ました。無理やりどこが?と言われれば「音」と答えると思う。音が無茶苦茶カッコええ!!と。
ソニックユースのファンはそれは入込みが大きいですが、まず間違いなく音に参っていると断言出来る。斯様にこのユニットのサウンドは他に例がない。音楽的なところで言えば、なんだか上手いのか下手くそなのか分からない。不器用なのかな?と感じることは多いだろうか。でも、不器用だから良いわけだから。
誰かが言っていたけれど、中途半端で曖昧なのがカッコいいのだと。
でも、それは実に上手い表現。
以前、マレーシアに旅行した時、ホテルのテレビを付けたら偶然、テレビ局でのライブを流していたのだけれど、その曲の終わらせ方が失敗してしまって、えらいズレた尻切れトンボ状態、メンバーが「あれ!!誰が失敗したの?」みたいな顔を見合わせて、それがぶっ飛んだ。「この無様具合、カッコ悪さ、実に笑えて愛嬌だな」と。
ああ、これがソニックユースなんだよなぁ、、って。
個人的にサブタイトルにあるようにベース+ヴォーカルのキムゴードンのファンです。どうもベース弾きには合わないキャラ、出で立ちで、生活に疲れた中年女性という風情がたまらなく惹かれる(笑)しかしながらどのアルバムにおいても、彼女のヴォーカルはこのバンドにとって必要なのであり、もしソニックユースに紅一点のキムがいなかったら存在自体がヤバイでしょう。
ギターの使用するコード、音使いにえらく変なところがあり、しかしそれがとんでもない表現力につながっている場合が所々に確認される。ヨレヨレだったり、突然凄い音楽性を発揮したりする、実につかみどころのない変なバンド。バンドってのはこういうのをバンドというのじゃないかな。拙いところがあっても、とことん自分の音を信じて音を発する。芸能界という僕には理解不能な業界がある某国の文化状況では出現し難いタイプ、それだけに僕はこれからも彼らの音楽に触れていくと思う。

 

FLAT1-22「In Spirit」を自己評価する!

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自己評価ってのは案外難しい?

結局1年と少しばかりの時間をかけて完成にたどり着いた珍作ってわけです。扱うCD店での評価も徐々に上がってきております。本作の分かりやすい特長としてはハッキリと歌モノを入れていることでしょうか。ヴォイスとか即興とか、そういうのではなく普通に歌モノ。
ポールマッカートニー&リンダじゃないけれど、嫁に歌わせました。小日向あかね、とクレジットがあるのがそれで、この名字と平仮名のバランス、イメージが素晴らしいお名前。昔、浅川マキさんに、このまま芸名で使える素晴らしいお名前ね、、と言われたほどのモノです。私のどこにでもある名前とは比較にならないわけですが、彼女の歌も捨てたものではない。まあ、聴いてあげてください。好みは分かれるとは思いますが。

worlddisque.blog42.fc2.com以前本サイトでFLAT122、1st「THE WAVES」を自己評価しましたが、それ以来の自作レポートです。楽曲は4点を中心にしております。Spiral、Matsukura Snow、Tunnel Vision、In Spirit。こちらに小曲2点+歌モノ1点で支える形。
また2020年2月2日・シルバーエレファントライブ収録から、Tunnel VisionとIn Spirit(ライブ版)のデータ使用があります。全体イメージに大きな影響を与えているのが、1曲目に配置された「Matsukura Snow」の冒頭であることは確かです。この冒頭はイメージ表現として上手くいっている方ですが、しかし本編のテンポが早過ぎたきらいがあり、そこはどうなのだろう?と今も疑問点のひとつです。
FLAT122アルバムの伝統とも言えるSE(サウンドエファクツ=効果音)の多用は今回も踏襲されており、ザクザクと雪を踏むSEの上に冷たい風の音が重なる世界は、自分が暗い雪模様の中を彷徨う姿。演奏は、Tunnel Vision はこのバンドの先を占う作品ですが、おそらくまだ完成されていない途中の状態を切った音がここにあります。小曲4点+後奏から成立させるところは曲げられないルールとなりますが、例えば「Spiral」などと比較すると完成の形がまだまだ見えていない状態。それでもライブから切ったり貼ったり編集は天然カラーの世界で(聴き手によっては)楽しめるかも知れません。タイトルのIn Spiritはスタジオ版とライブ盤を離したトラックで配置しておりますが、全く内容が異ります。ポイントはどちらもベースになります。ここではベースの太く地を這うようなサウンドと突き抜けたフレーズに耳が行くはずです。Spiralは1stアルバムにも収録がありますが、アレンジがシンセ多用により違った着地点となっておりました。これを本来のアレンジに戻して、このアルバム中では唯一ピアノのみで勝負しました。ピアノで弾き通すのであればこの作品においてない、ということです。バンドの演奏としては若干大人しく、もう少し引き出しの多いカラフルな演奏、突き抜けたところがあればと思いますが、行儀よくクラシック音楽のようなアプローチを好むのであれば、これでも良いのかも知れない。小曲はどれも1、2分で終わる箸休めみたいなもので、気軽に聴いていただければと思いますが、ピアノソロとして入れた「One Image By Maluti Layerd」が個人的には、このアルバム中最も自信があります。若干ミスタッチまでは行かない引っかけがあるのですが、それでも二度とこのようには弾けない一期一会の世界であり、この辺りがイメージ表現と言って許される境界線と思います。自分が理想とする現代的で冷えた気持ち良さのある見通しの良い音楽。敬愛してリゲティから学んだ響きが自分なりに出せていると若干ですが自負しています。
全体としてやはりというか散漫、脈絡のない印象ですが、好き勝手に制作するアルバムは自分のキャラをもろに投影するのですね。苦笑いするしかないです。ジャケットの写真は福田静二さん撮影、本人から使用許可を得て使わせていただきました。1972年釜石駅前のモノクロ写真で、製鉄所の景色がとても雄々しく最初にネットで見て即連絡、快諾を得ました。この写真がカメラに記録された時、当時この町で生きていた僕は時間を共有(シンクロ)していたわけです。時間の不思議を感じるところです。

ケイトブッシュ・AERIAL / 自然、ため息が出る

自分にとっては「Hands of Love」の延長線上にある?

これまでの彼女の作品の中では上記小見出「Hands of Love」が突出した存在だった。
このAERIALの存在は前々から知っていたけれど、2枚組でしょ。恥ずかしながら、作品数の多い作品はビートルズを例外としてあまり好まないタイプなので敬遠していたのです。クラシック音楽でもマーラーなんかは音楽としては素晴らしいけれど長過ぎてもうげっそり(笑)やつれてしまいます。
勝手なもので、自分が演奏する側であれば、アンコールは喜びますが、聴く側としてライブに行くと「もう帰る!」と心は既に帰宅モードに入っている。アンコールを望むのは余程なことです。もう少し聴きたいな、、と思ったのは、大昔聴いたゲルニカのライブですね。神保町の教育会館ってところでやったような記憶がある。チェロ+ピアノ+クラリネット+戸川純ですね。戸川純のMCがこれまた楽しくて、、酷い脱線なのでここまでで。
さて、、人には音楽体力ってのがある思う。肉体的な持久力とは別に。僕にはこれがが不足していると感じます。音楽容量のすごいお客さん達はライブのハシゴして喜んでアンコールしてますから。
お酒と一緒でアルバムも自分の適量があって、耳が弱いのかデカイ音で長く聴けないところがあるかも知れない。
しかし、本作はケイトブッシュでありますから、ビートルズホワイトアルバム」以来のアプローチを決めて聴いてみました。
結果は、タイトル通りであります。
これは、自分の中でのベストであった「Hands of Love」と並ぶ存在ですね。
DISK1・2とその時に応じて適当に選んで聴いておりますが、同等に力作が並んでいる印象です。
電気類を使っている方だと思いますが、ピアノにも重きがかかっており彼女はピアノが無視出来ない、というか単純に楽器として好むところなのでしょう。普段からピアノと共に音楽に向かっているのかも知れない。本作の隠れた聴きどころであるピアノの音質。これが何とも品格があり、良い仕上がりになっております。ピアノの入っているCDアルバム、ご存知の通り古今東西星の数ほどありますが、これほど自分にぴったり来る音はないな、、と。
普通に生ピを使ったのではないような、気がするのだけれど。数年前にピアノ音源としてリリースされている、スタインウェイサウンドに近いだろうか。確か、チック・コリア からライル・メイズまでレコーディング現場で使ったという名器があるのですが、その音源を思い出しました。
もしこれが生ピだったとしたら、レコーディングが鬼のように凄いということになります。
シンセやSEの使い方、カラフルなヴォイスの多用は本作の特徴ですが、特に鳥の声とヴォイスを同期させたところが面白く、もしかするとメシアンの「鳥のカタログ」を要素として取り入れたのかも知れない?などと推測して楽しくなります。
黒子に徹するシンセ類のシーケンスパターンだけを取出しても、とても凝った音と抑揚を持っており、そのパートだけを取り出して聴いても魅力的な力があるように思う。白玉で鳴らすオーケストレーションも、その出現の仕方、極美とも言える質感とキャラの立った音使いは他の類似した音楽とは一線を画しているのでは?と思います。
他作品との比較でハッキリと上を行くのがリズムセクションの音楽内容です。これはオンするときのフィルインひとつ取っても、刻みのハイハットやライドを取っても言えるところで、この辺は彼女自身のセンスなのか、関係したアーティスト、アレンジャーなのか、判断出来ない部分です。しかし、その作業を誰がやったことであれ、彼女の"確信と指示"が入っていることは間違いない、だからこそ曰く言葉にはし難い「あの世界」はいつも一貫している、ということになります。《加筆・修正 2020.10.18》

ゴーゴーペンギン・Gogo Penguine

なかなか得難い、飄々としたスッキリサウンド

このバンドを知ったのはおそらく3年くらい前になると思う。自分の稼働させたいバンドをピアノトリオ一択となった頃になる。
今もそうだが、ピアノトリオに関しては純粋な音楽として聴く部分をあるけれど、どこかに同じ編成の音楽をやる者として参照すべき点を意識するところがあると思う。
この本作もそういう中の一作と言って良いだろうか。
GP(面倒なので本サイトではこのように呼称します。)という何やらキュートなネームのユニットだが、内容は若干陰影に富んだミニマルミュージックを土台としたフュージョンと言ったところだろうか。ジャズとは言えないと思うし、またこの編成でジャズから比較的遠い位置で音楽をやっているのが、彼らのキャラであり強みでもあると思う。
他では聴くことの出来ない、独特なサウンドと何度か聴くとわかってくるが、構築されているライン、ハーモニーには独特な癖が感じられる。
この独特な暗さは、全て投げ出して好き!ということは(個人的には)出来ないが、全体としては好感の持てるサウンドを作り上げている印象を受ける。
本作は、彼らの音楽を更にタイトに練り上げ、虚飾を排した昔のフォルクスワーゲン・ゴルフのような(笑)作品と思う。因みに今のゴルフはうすらデカくなって幅が180cmもあるから、あくまでも初期型とお断り。
旋律と言えるラインは驚くほど少なく、むしろベースが奏でているフレーズが中心線なのか?とも思える件もあるが、それは今回彼らが行いたい新機軸の一環ということになるのだろう。最初に聴いた時は、骨組みだけで出来ているようなさっぱり加減に、物足りなさや、これで作品として完成したの?という疑問・拒否反応があったが、日を変えて数回聴いていくと、どこやら腑に落ちた妙に納得した心境となった。また、どの作品が特に出来が良いとか、中心であろうとか、通常は感じるはずの感想は自分としては浮かばないのが不思議。丸ごと1枚、これで1作品という塊で聴く流れだろうか。
これは彼らが、バンド音楽を誠実に深化させた結果ということが出来ると思う。ピアノは、このアルバムに限らず細かなアルペジョや、連打に終始することが多く、音の出し方は丁寧で綺麗なタッチをしている。まず、間違いなくクラシック出ということが言えるが、若干、レコーディング制作においてエファクティブな傾向があり、ここは若干「鼻につく」ところなのだけれど、これが上記で述べた全てが好きと無条件に言える訳ではない、という捉え方につながる部分だと思う。もう少しピアノの素の音で勝負しても良いのでは?と引っかかるところだ。
でも、そのサウンドのところは個人差のあるところであり、これを白黒ハッキリ付けるのは無意味に近い。例えば、ディレイやリバーブを殊更好む傾向のある音楽家やエンジニアが意外に多いが、また徹底して外部的な音響を嫌うデッドな音を好む場合もあり、何を隠そう僕も後者の部類に入ると思う。

それにしても、本作の個性はとても際立っている。昨今一択だったフロネシスの牙城を脅かすところがあり、人に聴かせてみるとGPの方がずっと好き!という場合が多く、人気の点ではむしろこちらに軍配か?というところだ。
ライブで圧倒的なテクニックで客を押し倒すだけが音楽でないことは勿論だが、GPは三人の合奏によって一つのイメージを表しているところに好感が持てる。テクニック的にも申し分ないが、その質はフロネシスとは全く異なり、猛々しさがなくどこか涼し気であっさりしている。まるで濃厚魚介系ラーメンと、あっさり醤油ラーメンの対決のようでもある。またエコー類を多用するものの、と言ってシンセやサンプラーの方へ向かうところはなく、あくまでもピアノトリオというところは守っている。聴き比べというのならこの2ユニットは大変興味深く面白い。機会がありましたら是非。

ソフトマシーン・Bundles 程良いBGM?

今更登場か?と音楽ファンには言われるであろう、笑

カンタベリー系って何よ?と思ったのは、僕のバンドFLAT1-22が評される時によく出るキーワードだったから。
これだけ中半端に聴きかじったバンドも珍しいと思う。
しかし、ようやく繰り返し聴けるアルバムが出てまいりました。本作がそうなのですが、しかしこれもまた間違いなく聴いてますね。冒頭のゴォーンという暗くノイジーな鐘の音は流石に心に残ってます。
つまり、ソフトマシーンって専門的にガツガツと聴かない割には折に触れて聴いており、累積回数では「上位ランク入りの不思議なバンド」ということになります。しかし、本サイトは一応はCD評サイトでありますので、もう少し知見を増やすべきと先ほどネットをさらって少しお勉強しました。
それにしても、これだけメンバーチェンジするバンドも凄いですね。脱退する中身も音楽的な内容ですが、よくこれだけ人が出入りするものだ。まるで人気の立喰蕎麦屋の風情が浮かんでしまう。またチェンジがバンドの変化と活性化に繋がって行くというのがポイント。例えば、ギターが出張ってくるとキーボードは居場所を失うという、痛いほど分かる世界。エレクトリックギターは基本リードをとって世界観を構築するので、どうしても和音楽器のキーボードは自然支える役割となる。ピアノやシンセを主戦とするのなら、ギターを入れちゃ駄目ですね。
上記はマイク・ラトリッジとアラン・ホールズワースのこと。でも、このアルバムでは何とか力を振り絞ったのか?バランスを保っており、変則的なソロやサラサラとしたしたピアノプレイにはセンスを感じますね。個人的に、マイク・ラトリッジの創る音楽には共感・好感を持つものです。
全体を通して聴くと、主旋律にも延々とリピートするバッキングフレーズにも明確な特徴があり、聴きやすい。
会社帰りなどで薄く流しておくと良質なBGMにもなり、どうしてなかなか懐の深さを感じさせます。質感としてはこれだけ遠い時代ですから仕方ないところはあります。ただ、やっている音楽自体・演奏スキルがとても高いので決して古臭いだけの音楽ではないですね。

むしろ、音質は古いのに音楽は今もって新しいところがあるという妙なギャップが面白い。
ドラム(ジョン・マーシャル)の演奏を取り出すと、現行のジャズロックや、プログレに於いては類似のフレーズが多用されており、リズムセンスの流れを作り出したという功績を感じます。まあ、作品力で頑張らないと、単にソフトマシーンの焼直しになっちゃうわけです。
ここで聴かれるアランホールズワースのギターは確かに呆れるほどです。しかし、敢えて言うなら、彼の他の演奏からすればやはり若いと思う。ただ凄いことを弾いているだけ、という言い方は語弊がありますが。こういうリズムにカッチリのった感のあるギターの方が好きだ!というコメントも見受けられますが、僕は逆ですね。彼はやはりヌメーッッッとしたどこに頭が来ているのか「不明」と言ったイメージの演奏がしっくり来ます。他のギタリストでは決して描くことの出来ない「アラン・エンヴェロープ」。
ところで本アルバムでは、昔の邦画BGMのようなところがあり、聴いて不思議なほどの懐かしさに包まれます。映画音楽には、こうしてやけに"ソフトマシーン風"だったり、やけに"ショスタコーヴィチ(近現代を代表する作曲家)風"だったりというのが散見されて笑顔になります。映画の中でもあまり重大ではない部分。街の景色、森の木々が騒ついていたりするところ、夕暮れの空など、物語Aから物語Bへのブリッジとして使われる「取り留めのない時の移ろい」が好きだし、音楽はこういうところにピタリと嵌まる。絵心のある音楽が好きな傾向が自分にはあります。その傾向と本作で作られている音楽はどこかで繋がっているのかも知れない。音数過多!これでもかと突っ込まれている割には、どこかこざっぱりとした爽やかな印象を受けます。おそらくリズムの質感から来ているような気がしますが、いずれにせよ良きバンドのキャラであろうと思います。歌はどこにも出てこない!媚びることなく演奏だけで聴かせる、野球に例えるなら豪速球投手のようでもあります。ジャズロック界の「江川卓」と呼びたい。

Memories of a Color / Stina Nordenstam

忘れていた歌を聴いてみると、、。

ティーナはスウェーデンのシンガーソングライター。最初に聴いたのは、池袋のデザイン会社の片隅でアルバイトにて働いていた時。自由にやって良い会社だったので、ラジカセ(死語か?)を持ち込んで何時もFMを流しておいたのだけれど、そこから流れて来た。
すでに会社は傾き、仲の良かった奴らは泥舟から脱出した後、僕は結婚して間もなかったこともあり、少し安定させた方が良いかと様子見を兼ねて最後の最後までそこに居たのだった。その気に入った曲が本アルバムのタイトル曲と知ったのは、実は最近。驚くべきことに数十年経過している。「随分だな!」と言われそうだけれど僕の場合こうしたことは、珍しくない事象なのである。間違えて別なバンドのCDを買ってしまったりしたことも序でに思い出しました。これほどの時を経て正しいアルバムを手にしたわけです。まあ、、間違えて別なバンドのライブを見に行ったこともあるから相当おかしい人なのでしょう。因みに本来行くべきライブは「梅津和時さんのユニット」だったと記憶。
ティーナはアルバム2枚を聴いている。えらくロックに偏り先鋭的になったアルバムもあるが、本来的なのはこのデビューアルバムであろうと思う。
聴くとビョークや、歌い方などからはリッキーリージョーンズへの近似性もあるように評されるが確かに。実は近くて遠い音楽性ではないだろうか?
ティーナの音楽はとても繊細で、触るとカラカラと小さな音を立てて崩れてしまいそうな気配がある。
声・歌い方は、独特でここは好き嫌いがあるかも知れない。
ビョークよりは、太く丸みを帯びて若干ウィスパーヴォイスとなる。先を急がず音を置いていく感じの歌い方は他に聴くことは出来ない特長。
作品力がまた無視出来ない。比類無き世界を構築している。
本作で好むのは、今のところ冒頭のタイトル曲とラストになるが、おそらく今まで彼女の音楽を聴いた経験から、次第にそれは均されていって淀みなく、綺麗な水面になるかと予想が付く。

秀逸なのは他作にも同じく言えるのだが、レコーディングの際立ったセンス。こういうサウンド、ヴォーカルの前への出し方は国産ではあまり聴かれない。
北欧の音楽レベルの高さ、奥深さを知るところだろうか。
オーディオなんかも造りが良く音がいいものなぁ、、、!スウェーデンは車造りだってなかなか侮れない。お洒落で他とは一線を画す佇まいのシルエットが、、また脱線しました。
でも、この音楽の下地には風土が深く絡んでいると思う。
土の香り、風の温度感を感じる。

僕は、風というのは実は時間と「グル」になっていて、今吹いて頰を撫でた微風は過去から来たものである、、ということを考えることがある。風は自分の忘れた過去を記憶しており、それを未来に向けて届けに来ると、そういうイメージだろうか。

今しがたスティーナを聴いて、久しぶりに風と時間のことを考えたりしたのだけれど、この音楽には、そういう作用があるのかな?とも思う。

そう言えば、それほど多くは出現しないがピアノが使われている。この音、質感も昨今のピアノレコーディングとは向かっている方向が全く異なる。ピアノってどうしても美しくキレイに鳴っているところを切り取りたいという録音姿勢となるが、これは見ている方向・世界が違う。
中学や高校時代、音楽室で聴いた(今でも耳の奥に残っている)音に近い。しかし単に懐かしさや古い質感を狙っただけの音とは少し違う。狙った音、アーティストが望んだのであろうか?そういうイメージした音を、繊細な気持ちを持ったエンジニアがつくりあげたピアノ音に違いないと確信してます。
こうして感想をあれやこれやと述べると、難しい気持ちになると困るのですが、これは読書のお供にも。そして、車で彼女(彼と)二人きりのドライブで威力?を発揮するような気もします。スティーナはあまりインタビューもなく人前にもあまり出ないらしいです。その内向的な感じは作品に良く出ていますが、でもそれはマイナス側にもパワーはあるのだ!ということを語っている気がします。

Civilized Evil / JEAN-LUC PONTY

懐かしさだけではない、JLPの隠れた名作。

でもまあ、やはり懐かしいわけだ(笑)。これは音大時代、狭苦しい4畳半で聴いていた憶えがあります。当時はレコードですから、この不気味で判断の難しいジャケがピアノの上に飾られて存在を強めておりました。CDジャケとなると、むしろ強いクセが抑えられてスッキリ見えるのは不思議です。
この部屋にはアップライトとしては限界までサイズが大きいヤマハのUXを置いて僕の居場所など無いに等しい状況でした。
母が一度上京して来て、まるで土の上に寝ているようだ!と涙ぐんだのは笑うしかなかったですが、実際これまで住んだ中では群を抜いて最低なアパートだったように思う。この20歳前後の自分がこのアルバムに気持ちが行ったのは何かきっかけがあったのだろうか。当時既にバンドはやっていたし、フュージョンに偏っていた時代だから、イメージとしては分からないではないけれど。結構マニアックな選択ではあったと思うし、何となく買ったのではないことは確か。当時知り合っていたギターのTさんや、大学の友人Oさん(どちらも1歳年上だった、僕は年上の方は意外に相性が良いのである、どうしてだろう?)から教えられた可能性が高いか。
さて数十年ぶりにCDとなった本作を聞いてみます。
心を動かされるのが今持ってM3に配置された「FORMS OF LIFE」であることは、やはり変わらない。この作品だけ浮いていると言っても良いかも知れない。ドラム、ベースを排してバイオリンの多重録音+キーボードという構成。自分の基本嗜好が殆ど変わっていないことが確認出来る作品。作曲の側面から多大な影響を受けたことが、こうして改めて聴くと分かってくる。
ジャズ・フュージョンのアルバムとしてはあまり耳にしないタイプの作品がラインに入っていることが、とてもJLPらしいと思う。
バイオリニストであること。
当然だが、これが要素としてとても大きいのだろう。
ジャズでもプログレでもバイオリンは登場頻度が高い。特にヨーロッパではバイオリンの入っているユニットはそれだけで受けが違って来ると昔居たレーベルのMさんに伺ったことがあるが、しかしJLPの演奏の質は他のバイオリニストとは一線を画している。
その後、お付き合いしたバイオリニストの太田さんは、このJLPのバイオリンにはとてもショックを受けていたようだった。その音楽内容というより純粋にバイオリンの技術的なところであることが僕には面白かった。
その、シンセを弾いているかのような音程(ピッチ)の無機質な程の正確性、ただでさえバイオリンには難しい高速アルペジョでも全く破綻しない。
演奏仕事の帰り道、車中で聴かせたところ小声で「こりゃすげーわ!」とか「何コレ?普通こんな風には弾けないんだけど!」とか、ブツブツと呟いているのが僕には可笑しかったのだけれど、本人のショックはひとしおだったのでしょう。確かに、このどちらかというと初期の作品ではあってもそのテクは完成されており、旧作だから割り引いて聴く必要は全くありません。しかし、それは同業者が観る指点です。僕がJLPに惹かれるのは、バイオリンの演奏内容にもありますが、作られる音楽の風合いみたいなものでが感じられるからです。優れた演奏だけを取出すなら、F・ザッパであるとか、マハビシュヌオーケストラとかこれだけの腕前ですので、あちらこちらに顔を出しております。
本作もそうですが、彼の作風は一貫しています。それはもう面白くないほどに一貫している。それは、彼が好む音の所作、ハーモニーの組み立てに「バカボンのパパ」のように”コレでいーのだ!”という流儀があるからです。
それは品格があり、温度感があります。コードプログレッションには微かに少し野暮ったいような独特なセンスが散見されますが、それもまたキャラを形成する不可欠な要素と思われます。もしかすると確信犯的に、それを分かって使っているのかも知れない。
本アルバムは、ハッキリと前半の方が個人的には好みです。M4辺りから、かつてのフュージョンてこうだったよネ!という風合いが強くなり、ラストM8で前半を取り戻して終わるという印象を受けます。聴く側によってどの辺を好むのか、分かれそうです。昔から出演させていただいております某吉祥寺ライブハウスの対バンさんのオリジナルには本アルバムと類似する音楽センスに触れることがあり興味深いです。もしかするとプログレアーティストには隠れJLPファンが多いのかも知れない。
JLPのアルバム全体にキーボードの存在が大きいという気がします。本作も例外ではなく、センスとしては流石に古さを感じますがバイオリンを支えるに十分なサウンド・フレーズを作っていると思います。ピアノよりもエレクトリックを好む音楽ファンにもアピールするかと。懐かしさだけで聴くのではなく、良質なBGMとしてウォーキングのお供に頑張っていただきましょう!