ピアニスト・タカの脱線CD評

FLAT122キーボードとして活躍・ピアニスト・タカ音楽評

吉田美奈子/長く身近にある「声」

ヴォーカルアルバムでは珍しいイメージの押し出し

「ヴォーカリストで誰かイイ人いない?」と聞かれたら迷わず吉田美奈子が反射的に出て来る。音大時代、クラシック音楽をやっていくことに反発していた頃に聴いたのが最初。陽のあたらない四畳半にアップライトピアノを押し込んで、小さなテーブルひとつしかないような部屋で、このアルバムに接しておりました。当時の僕にとってこれは別世界に連れて行ってくれる温かな光のようなものでした。
さて本題に入って行きましょうか。
作品力や演奏に関係するアーティスト達もまた素晴らしいけれど、何と言っても吉田美奈子の場合は「声」が中心線に在る。高域の透明感、低域の官能的な具合は一度ハマってしまうとなかなか抜け出すのが難しい。どこまでも延びて行くような錯覚を憶えるような人間離れしたヴォイスはライブで聴くともう少し暖かみを感じさせるものだった。大貫妙子も偶然同じ中野サンプラザで聴いたことがあるけれど、やはりCDのイメージよりもっと太い感じ、MCで初めて聞く声(口調)ももっとドスの利いた(笑)押し出しの強いものだった。生で聴くと印象が変るところがあり興味深い。本作はスタジオ録音では5作目ということになるらしい。前作とは方向性をガラリと変えている。バックに配されているのはジャズ・フュージョン分野の誰でも知っているアーティスト達であり、特にリズム隊の村上秀一高水健司が良いアプローチをしている印象があります。本アルバムは最初聴いた時から、その音質に違和感がありました。響きがデッドでまるでどこか学校の教室でテレコで録ったようなイメージ。平たく言うとエコー感がないというのか。

それは後々調べて分かりましたが、これは一発録音なのです。しかも驚きなのがヴォーカルも同時に収録されているらしい。
なるほど、一発で録る場合(つまり時間を置いてオーバーダビングを行わない。スタジオライブ状態である、ということ。)の他楽器の被りを排して臨場感を前面に出そうとすれば、このようになるか!というところです。これは演奏が頑張らないと形にならないのだけれど、そこはそれ手練ミュージシャンの集合体ですから逆手にとって、とても魅力的な音楽に仕上がっております。演奏の息づかいが届くような、素晴らしい録音アイデアですが、こういったスタジオ作業は吉田美奈子の音楽性にとっては重大な影響があるはずです。他のアルバムと比較するとよく分かりますが、個人的には本作が彼女のアルバム中、最もその根っこのオリジナルに寄り添った制作だったのでは?と思います。彼女はピアノで曲を作る時点で全体イメージが固まっており、先のアレンジやスタジオ作業においてその一人の世界を変えられたくない!という気持ちが強いのではないかと推測されます。そういったことから本アルバムは、妥協点を限りなく削りとった吉田美奈子の歌と作品が、とても身近に感じられるものです。
荒井由美も、大貫妙子浅川マキも最初に聴いた時、その違和感は絶大でありました。そしてまたこの吉田美奈子の違和感もまた負けておりませんでしが、自分が長く聴くことになるヴォーカルの声というのは仕切り線がとても高く、そのユートピアは乗り越えた先にあるわけです。僕はどちらかというゴスペルやソウルに傾いていった時代より、その前のジャンルのハッキリしない、本作が好きです。ここに吉田美奈子の起点、中心が在るという気がします。きっと、それは僕の勝手な「そうであって欲しい」という願望が書かせているのかも知れませんけれど。最後にこのアルバムで特に好きな作品は、何と言ってもタイトルの「トワイライト・ゾーン」、そして「恋は流れ星」です。余談ながら「恋の流れ星」のドラム・村上秀一さんの演奏は、雰囲気がとても良く、ポンタの良いところがこうした歌のバックであっても分かりやすい形で表出しております。本アルバムは演奏も楽しめますので、楽器をやられている方も是非!